2012年 03月 12日
ウルトラセブンのロケ地ツアー |
3月8日は、神戸新聞旅行社主催「神戸ロケ地巡礼ツアー」に参加しました。これだけだと何のイベントだか分かりませんが、同行する方がひし美ゆり子さん、満田かずほ監督と言えばどうでしょうか…?これ、昭和43年放送のウルトラセブン「ウルトラ警備隊西へ」のロケのことなんです。
自分は昭和51年生まれですので、このロケのほとんどが神戸で行なわれ、今となっては当時の港や街の姿を捉えた貴重な映像であることを知ったのはずいぶん後。というより、放送が45年前だったことを思えばむしろ最近のことでして、シリーズ中でも人気が高いという本エピソードはDVD化されてから教養として改めて観たようなところがあります。
Facebook経由で、「灘百選の会」がロケ地の検証をされていることを知り、放映から45年目にしてなお、新事実が出てくるという事実に驚いていました。そこにアンヌ隊員ことひし美さんと、作品のメガホンを取った満田監督が「降臨」するツアーの実現ですから、これはすごいことになったと。神戸新聞社が運営するサブカルチャー系情報サイト「いまもえ.jp」での募集枠の定員がわずか10人で、あとは灘百選の会の会員枠ということでしたので、応募も参加のうちと思ってハガキを出したところ、めでたく当選となりました。
神戸新聞本社に集合してマイクロバスに乗り込み、まずはポートタワーへ。ここでひし美さん、満田監督が合流されました。お2人を囲んでいるのは当然40代以上の男性が圧倒的ですので、道行く人たちの好奇のまなざしも尋常ではありません(笑)
次に向かったのは埠頭シーンのほとんどを撮影したという摩耶埠頭。現在はテロ対策の関係で立ち入りが厳しく制限されているそうで、今回は例外的に入れることになったそうです。
「ジープからキングジョーを狙撃するシーンを撮影したのはここです」というように、具体的なシーンを案内いただきながら敷地内を歩きます。この検証の方法というのが、画面の端にわずかに映りこんだ建物の形や看板から位置を特定していくというもの。「大半が摩耶埠頭で撮影」という新事実の特定には、現在は姿を変えてしまった倉庫が決め手になったらしく、この証言をしたのが長年働いている港湾施設の職員だったそうです。写真を持っている人が、当日の水先案内人で灘百選の会の慈憲一さん。メールマガジンnaddistや、灘区のポータルサイト「ナダタマ」の管理人をされている、常に灘のために考え、汗をかいている方です。
歩いているうちにいろいろ思い出してきたという満田監督。慈さんが「撮影された摩耶埠頭や摩耶大橋、六甲トンネルなど、主要なインフラは昭和41年ごろ相次いで完成した、当時最新のもの」と解説すると、満田監督も「撮影当時の25年後の世界を想定していたので、新しい施設を意識して選んだ」と返したかと思えば、「撮影は昭和42年の菊花賞の頃」「夕日のきれいな時間は限られるので時間との戦いだった」など、興味深いお話が次々と。ひし美さんの立ち位置まで思い出して、実際にその場に立ったりもしてくれていました。
劇中には、異人館らしき洋館の前でアンヌ隊員が私服で警戒にあたるというシーンがあり、これも灘区の旧六甲ハウスという、元は米軍の娯楽施設として使われていた建物だったことが判明。建物が現存しないので特定には苦労されたようですが、異人館では撮影許可がおりなかったために急遽探したことが分かりました。写真は、劇中と同じポーズを取っているひし美さん。とても快活な雰囲気の方で、ファンの人たちとの会話を楽しんでおられました。
ほかにも、六甲ケーブル駅付近の撮影場所や、富士山あたりから繋がっているという「シークレットハイウェイルート9」こと六甲トンネルなどを見学し、夕方からはお2人のトークショーへ。撮影当時ちょうど30歳だったという満田監督は、関西ロケがスポンサーからの熱烈なオファーであったこと、夜のシーンが撮影されなかったのは宴会を開くためであったことなどを明かし、ひし美さんは、私服のシーンは本当に私服を買っていったことや、ドロシー・アンダーソン役の方の熱心な仕事振りなど、これまた興味深いお話が続きました。
その後Q&Aと続き、参加者からは「最終回でダン(主人公)がアンヌに正体を打ち明けるシーンに感動した。その後いろいろな作品を見てきたが、あれを上回る美しい映像を観たことがない」なんて発言も飛び出したりして、ほとんど満田監督への告白タイムの様相に。途切れない質問の数々に、想像以上に熱気あふれる場になりました。個人的に聞いていて共感したのは、CGの特撮が増えていることに対してどう思うか、という質問への答え。「実写の特撮はみんなで作っていく楽しさがある」そうです。お互いやっていることが分かるからこそ、特撮と役者の撮影が補い合いながらフィルムを作ることができたそうで、常にチームを意識して仕事に臨む人柄を垣間見た気がしました。本編の最後は満田監督の提案で、監督のキューでウルトラセブンの変身シーンをやる、ということに。張りのある大きな声で「用意!」と言われて、一瞬だけ現場の緊張感(?)を味わえたのも面白かったです。
ロケ地めぐりで撮影秘話を語る満田さんとひし美さん、そして周到な準備のもとロケ地の詳細な解説をされる慈さんという絶妙な組み合わせのツアーでした。作品のファンはフィルムの中で起こることには詳しくても、ロケ地のデータや歴史まではあまりご存知でないはずなので、灘区に軸足を置いた慈さんの解説で、風景がより立体的に見えてくるように感じました(実際、バスの車内では解説に対する反応が徐々に大きくなっていました)。あと、撮影から45年の時間が経っているところも大きなポイントだったように思います。撮影当時からは姿を変えた街を、当時フィルムを観た人それぞれの中で熟成した印象・思い出で埋めながら見て歩くというのは、多分に想像力が求められることですし、作品自体に忘れがたい力がなければできないものです。この手のイベントに参加するのは(実は)初めてでしたが、いきなり理想的な姿を見せつけられたような気がしています。
当日のダイジェスト動画もYoutubeで発信されています。こちら → ■
ちょうどこのイベントの前日、NHK「クローズアップ現代」でアニメの聖地巡礼を取り上げていました。アニメで現実の場所・風景をロケハンするのを経費削減のためと説明していた点が、ファンや関係者に大いなる戸惑いをもって受け止められたようですが、満田監督の言葉を聞いた後では、映像化する世界観をスタッフ同士で共有するためなんだろうなぁ、と思います。
自分は昭和51年生まれですので、このロケのほとんどが神戸で行なわれ、今となっては当時の港や街の姿を捉えた貴重な映像であることを知ったのはずいぶん後。というより、放送が45年前だったことを思えばむしろ最近のことでして、シリーズ中でも人気が高いという本エピソードはDVD化されてから教養として改めて観たようなところがあります。
Facebook経由で、「灘百選の会」がロケ地の検証をされていることを知り、放映から45年目にしてなお、新事実が出てくるという事実に驚いていました。そこにアンヌ隊員ことひし美さんと、作品のメガホンを取った満田監督が「降臨」するツアーの実現ですから、これはすごいことになったと。神戸新聞社が運営するサブカルチャー系情報サイト「いまもえ.jp」での募集枠の定員がわずか10人で、あとは灘百選の会の会員枠ということでしたので、応募も参加のうちと思ってハガキを出したところ、めでたく当選となりました。
神戸新聞本社に集合してマイクロバスに乗り込み、まずはポートタワーへ。ここでひし美さん、満田監督が合流されました。お2人を囲んでいるのは当然40代以上の男性が圧倒的ですので、道行く人たちの好奇のまなざしも尋常ではありません(笑)
次に向かったのは埠頭シーンのほとんどを撮影したという摩耶埠頭。現在はテロ対策の関係で立ち入りが厳しく制限されているそうで、今回は例外的に入れることになったそうです。
「ジープからキングジョーを狙撃するシーンを撮影したのはここです」というように、具体的なシーンを案内いただきながら敷地内を歩きます。この検証の方法というのが、画面の端にわずかに映りこんだ建物の形や看板から位置を特定していくというもの。「大半が摩耶埠頭で撮影」という新事実の特定には、現在は姿を変えてしまった倉庫が決め手になったらしく、この証言をしたのが長年働いている港湾施設の職員だったそうです。写真を持っている人が、当日の水先案内人で灘百選の会の慈憲一さん。メールマガジンnaddistや、灘区のポータルサイト「ナダタマ」の管理人をされている、常に灘のために考え、汗をかいている方です。
歩いているうちにいろいろ思い出してきたという満田監督。慈さんが「撮影された摩耶埠頭や摩耶大橋、六甲トンネルなど、主要なインフラは昭和41年ごろ相次いで完成した、当時最新のもの」と解説すると、満田監督も「撮影当時の25年後の世界を想定していたので、新しい施設を意識して選んだ」と返したかと思えば、「撮影は昭和42年の菊花賞の頃」「夕日のきれいな時間は限られるので時間との戦いだった」など、興味深いお話が次々と。ひし美さんの立ち位置まで思い出して、実際にその場に立ったりもしてくれていました。
劇中には、異人館らしき洋館の前でアンヌ隊員が私服で警戒にあたるというシーンがあり、これも灘区の旧六甲ハウスという、元は米軍の娯楽施設として使われていた建物だったことが判明。建物が現存しないので特定には苦労されたようですが、異人館では撮影許可がおりなかったために急遽探したことが分かりました。写真は、劇中と同じポーズを取っているひし美さん。とても快活な雰囲気の方で、ファンの人たちとの会話を楽しんでおられました。
ほかにも、六甲ケーブル駅付近の撮影場所や、富士山あたりから繋がっているという「シークレットハイウェイルート9」こと六甲トンネルなどを見学し、夕方からはお2人のトークショーへ。撮影当時ちょうど30歳だったという満田監督は、関西ロケがスポンサーからの熱烈なオファーであったこと、夜のシーンが撮影されなかったのは宴会を開くためであったことなどを明かし、ひし美さんは、私服のシーンは本当に私服を買っていったことや、ドロシー・アンダーソン役の方の熱心な仕事振りなど、これまた興味深いお話が続きました。
その後Q&Aと続き、参加者からは「最終回でダン(主人公)がアンヌに正体を打ち明けるシーンに感動した。その後いろいろな作品を見てきたが、あれを上回る美しい映像を観たことがない」なんて発言も飛び出したりして、ほとんど満田監督への告白タイムの様相に。途切れない質問の数々に、想像以上に熱気あふれる場になりました。個人的に聞いていて共感したのは、CGの特撮が増えていることに対してどう思うか、という質問への答え。「実写の特撮はみんなで作っていく楽しさがある」そうです。お互いやっていることが分かるからこそ、特撮と役者の撮影が補い合いながらフィルムを作ることができたそうで、常にチームを意識して仕事に臨む人柄を垣間見た気がしました。本編の最後は満田監督の提案で、監督のキューでウルトラセブンの変身シーンをやる、ということに。張りのある大きな声で「用意!」と言われて、一瞬だけ現場の緊張感(?)を味わえたのも面白かったです。
ロケ地めぐりで撮影秘話を語る満田さんとひし美さん、そして周到な準備のもとロケ地の詳細な解説をされる慈さんという絶妙な組み合わせのツアーでした。作品のファンはフィルムの中で起こることには詳しくても、ロケ地のデータや歴史まではあまりご存知でないはずなので、灘区に軸足を置いた慈さんの解説で、風景がより立体的に見えてくるように感じました(実際、バスの車内では解説に対する反応が徐々に大きくなっていました)。あと、撮影から45年の時間が経っているところも大きなポイントだったように思います。撮影当時からは姿を変えた街を、当時フィルムを観た人それぞれの中で熟成した印象・思い出で埋めながら見て歩くというのは、多分に想像力が求められることですし、作品自体に忘れがたい力がなければできないものです。この手のイベントに参加するのは(実は)初めてでしたが、いきなり理想的な姿を見せつけられたような気がしています。
当日のダイジェスト動画もYoutubeで発信されています。こちら → ■
ちょうどこのイベントの前日、NHK「クローズアップ現代」でアニメの聖地巡礼を取り上げていました。アニメで現実の場所・風景をロケハンするのを経費削減のためと説明していた点が、ファンや関係者に大いなる戸惑いをもって受け止められたようですが、満田監督の言葉を聞いた後では、映像化する世界観をスタッフ同士で共有するためなんだろうなぁ、と思います。
#
by tsuna_moto
| 2012-03-12 04:10
| 雑記